広州人物図鑑
-
内田順 —-皆が集まれる場所を提供したい
「昔は牛肉といえば高価なもので、皆食べれなかったんですね。私も高校生の頃、牛肉はご馳走だと思っていました」。そう語り、今では牛肉をメインにした居酒屋「ビーフマン」を上海、広州、深センで展開するほか、業態の異なる約20店舗もの飲食店を手掛ける「寛円来餐飲管理(上海)有限公司」の董事長兼総経理、内田順さん。飲食業を始めたきっかけから、ビーフマン(広州店)の出店秘話、今後の目標まで話を伺いました。
——中国でビジネスをやろうと思ったきっかけは何ですか?
2002年に父親と上海で貿易会社を立ち上げたのが最初のきっかけです。韓国から通信機器を中国に輸入して販売を行う会社だったのですが、ブランドの知名度もなく、この事業は全然だめだったんです。当時は20万ドルで外資の会社が作れたのですが、売上がなかったために、この20万ドルの資本金を日々食い潰していく状態で、日々頭を悩ませる毎日でした。
それで、どうしようかなと考え、日銭が欲しくて始めたのが飲食店でした。最初に始めた飲食店は、今ではほとんど見ることができませんが「家常菜(家庭料理)」と呼ばれる5元、6元とかで食べられる定食屋で、そのお店で青椒肉絲とか牛肉面などの料理を提供していました。当時、中国人労働者の一カ月の給料が700元の時代です。
なぜこのようなお店を作ったのかと言うと、結局はお金がなかったからなんです。当時は食べ放題の日本料理屋なども人気でとても流行っていたのですが、設備投資に回せるお金がなかったために、自分で店の壁にペンキを塗ったり、なるべくお金をかけずにお店を作る必要がありました。
私は隣に並ぶ店と、全く同じメニューを、全く同じ価格で提供しました。というのも、昔のお店は、壁も薄汚れていてトイレも汚く、不衛生な店がほとんどで、私は「綺麗」という付加価値をお店に付け加えたんです。壁を綺麗にし、トイレを綺麗にし、衛生環境を整えました。そのようにしてお店を始めると、当然のようにお店にお客さんが流れてきました。
当時、中国では一家に一台テレビを持つようになり、世間にDVDが出回り、中国の人がどのような物が綺麗で、どのような物が綺麗ではないのかが、だんだんと分かるようになってきた時代だと思います。そうすると、汚いよりかは綺麗な方がいい。おじいちゃん、おばあちゃんにしてもです。
——最初に始めた外食のお店は?
次に作ったお店は弁当屋です。お客さんが好きなおかずを自分でチョイスするスタイルのお店で、2品で8元、3品で10元というような日本のオリジン弁当に似た感じのお店でした。当時、中国にはまだそのようなスタイルのお店がなかったので、「日本人が面白いことをやってる」と話題になりました。
それから旅行会社がツアーを組み始めて、日本の外食経営者や銀行の方が視察で訪れるようになったんです。旅行会社のバスが弁当屋の横に乗りつけ、皆さんがそこで昼食を食べるんです。それで、弁当を食べた日本人は皆「結構うまいじゃん、しかも安い」と驚くんですよ。これが私が一番最初に作った外食のお店です。
そして夜は、日本から訪れた人と一緒に高級な中華料理食べながら、中国の食にまつわるお話をさせていただくんです。たとえば、「ある日豚肉を買いに行ったら、肉に水を注射し、重く見せかけて肉の重量を誤魔化された」みたいな話をすると、日本から中国にやってきた人にしてみれば、話が面白い訳ですよ。日本だと考えられないですからね。
それである時、日本から中国にやってきた方と食事をしていた際に、「内田さん、日本でも同じようなお店をやれば?」という話になり、私は日本で「家家厨房」というお店を東京、静岡、福岡などで展開していきました。このお店はある程度の売上もあり、上手くいっていたのですが、私の中で何か心に引っかかるような物がありました。日本での事業が何事もなく、普通に、順調に流れていくことに違和感を感じていたんです。
私は中国のヒエラルキー構造のマス層で外食をやっていましたので、中国では日々新しい発見があり、刺激がありました。しかし、このまま日本で仕事をしていても、この感覚や刺激は日本では味わえない、そう思いました。そして日本のお店を全て辞めて、上海で再びチャレンジすることにしたんです。
日本人として上海で付加価値が出せるようなお店はないかなとずっと考えていました。そこで、上海に駐在する単身者が気軽に来られるお店を作ろうと思い、2007年に「看板の無い店」をオープンしました。カウンターを大きくして、テレビを置き、一人で新聞やテレビを見ながら、焼酎が飲めるような場所です。今となっては、どの日本料理屋でも見られる光景ですが、当時このようなお店は他にあまりなかったんです。
そのお店で、私がカウンターの中に入り、いろんな方々とお話しをする。当時は2007年でしたから、今とは全く環境も異なります。一人で駐在している方からすると、私と中国の苦労話なんかをすることで、ずいぶん気が楽になったかと思います。カウンター越しに話をして、次第に仲良くなり、週末に一緒にゴルフに行った後にお店で食事する。いつの間にかそのようなシーンがどんどん生まれるようになりました。
——「ビーフマン」について教えてください。
「看板の無い店」をやっていた時に、貿易会社の方と話をしていて、「牛肉って面白いよね」という話からヒントを得て、肉をメインにした居酒屋を始めました。日本も時代を遡ってみれば分かると思いますが、焼肉チェーンの「牛角」さんが爆発的に一気に世間に広がるまで、牛肉は高価なもので、皆食べれなかったんですね。私も高校生の頃は牛肉はご馳走だと思っていましたから。それで焼肉の安い業態が出来てから以降、今では当たり前のように焼肉で牛肉を食べるようになりました。やがてこの現象は中国でも同じことが起こる、私はそう確信しました。今から8年前のことです。
ビーフマンをオープンした時は、中国でも健康志向というものが注目されていた時代です。当時はもちろん焼肉屋や肉バルのようなお店も他にはありましたが、健康志向で肉を提供する店はありませんでした。ビーフマンに来たお客様には健康的に肉を食べてもらい、ワインや焼酎、ハイボールを飲みながら、わいわいがやがやと皆が集まれる場所を提供したい、そんな想いで始めたお店です。8年前、上海にオープンして以降、おかげ様で1号店、2号店、3号店、4号店、5号店と上海で展開させていただきました。
——ビーフマン(広州店)をオープンした時のエピソードを教えてください。
私は過去に北京や大連でも外食にチャレンジをしていて失敗した経験がありますので、広州で出店するのには正直不安がありました。美味しい広州料理に勝てるのだろうか、とか、広州の日本料理店の客単価は上海より高いけど大丈夫か、などの不安があったんです。
そこである時、パートナーとの出会いがあり、私の不安は払拭されました。そのパートナーが経営しているお店の半分を借り切ってテストケースでやらせてくれることになったのです。お店の設備投資がかからないことは、本当にありがたかったです。そして、約1年間、「梅屋ビーフマン」という名前でお店を出すことができました。
広州で「ビーフマン」のメニューがお客様に受け入れてもらえるか、この1年間でいろんな日本人のお客様にヒアリングを行いました。「けっこう良いね」「こういう店はなかなか広州にないよ」とか言ってくれたのですが、日本人はあまり悪いことは言わないじゃないですか。それで少し不安を感じていたのですが、パートナーから天河区の金利来ビルの2階に居抜き物件があるので、そこでやってみてはどうかと提案があったんです。
私自身は「金利来」を知らなかったのですが、いろんな人の評判を聞いたところ、皆さんからとても良い評価が返ってきました。上の階はほとんど日系企業が入居していますし、日本料理街からもそれほど離れているわけでもなく、また、駐在員の方が住まわれている場所からも離れていない。そこでならチャレンジしてみる価値はあるかなと思いました。そのようにして、2年前にビーフマン広州店をオープンしました。
当然、コロナの苦しい時期ではありましたが、それは中国全土が一緒です。「大変だ大変だ」と言っている暇はありませんでした。そんなことはネタとして話せばよいだけで、大事なのはこれから。私たちは今後、どうやっていくのか、それしか考えないようにしていました。
一番困ったのは、広州は個室の文化だったことです。上海の店舗にも、もちろん個室はありますが、お客様が個室を利用したい時は皆さん別のお店に行きます。広州の居酒屋はどんな居酒屋でも個室を要求するお客様が多いということは事前にパートナーから聞いていましたので、あえて個室を作り、ある程度個室の中でお客様が楽しんでもらえる空間を作りました。それは一つ勉強させてもらったところかなと思います。
——お店の特徴は何ですか?
肉をメインにしたお店ですが、肉をぱっと食べて終わりではなく、居酒屋的なメニューもありますし、飲み放題メニューもあるので、お客様がお店にいる時間は結構長いと思います。私はゴルフもやりますし、サッカーもやるのですが、例えば土曜日や日曜日、サッカーや野球などの集まりで、8時にお店来て、飲み放題を付けて、皆ででわいわい食事をしながらお酒を飲むというような、そんなシーンが生まれるお店です。決して高級というイメージはなく、だからこそ気軽に来てもらえるお店だと思っています。
今の外食産業は原価の時代ではないと考えています。もちろん原価設定は大事だと思いまし、商売ですので、売上とのバランスが大事になってきますが、お客様にとって、いかにコスパの高い料理を提供することができたり、原価が高くても満足してもらる料理やサービス、また空間なりと、そのような付加価値が出せるようなお店でなければ勝ち残っていけないと考えています。たとえば、ビーフマンの飲み放題メニューにはワインが含まれていたり、500gの肉が188元でお得だよね、といったような感じです。
あとは、元々のコンセプトとしてあるのですが、実は私も一人で気軽に行けるお店が好きで、テレビを見ながら、新聞を読みながら、店員さんと楽しく会話しながらなど、実際に自分で行ってみて、居心地が良いお店じゃないといけないと考えています。
——今後の目標を教えてください。
あまり出しゃばり過ぎず、私たち組織の身の丈以上のことはしないように決めています。ただ、ある程度組織が大きくなり、チャレンジできるなと思ったらビーフマンの多店舗展開や他の業態にもチャレンジしたいと考えています。ただ、パートナーと自分、組織としての問題だと思っていますので、お互いが信用でき、納得した上で、もちろん資金力も含めてできるということであれば、いろんなことにチャレンジしていきたいです。
広州に住んでいる駐在員の方々のためにオアシスのような場所を提供したいという思いがあります。やはり、お客様に喜んでもらえるようなお店作りやメニュー、空間作り、サービスなど、それらが上手くいかないと、一回お店に来て、もう来ないということになってしまいます。その辺は創意工夫しながら、進めていきたいと思いますし、将来的な目標としては、いろんな業態のお店をやるというよりかは、お客様に場所を提供したいという思いの方が強いです。広州の店舗に限らず、中国全てのお店で、これからも「皆が集まれる場所」を提供していきたいと思います。
(DATA)
ビーフマン(広州店)
広州市天河区体育東路138号金利来数码大厦203、208-209舗
020-2211-6932(日本語可)、137-1947-8771
ビーフマン(深セン店)
深セン市羅湖区深南東路3033号粤海酒店2階
0755-8225-1276、181-2650-1868